運動音痴とはあまり関係ない自分語り

http://d.hatena.ne.jp/muffdiving/20070121/1169443548を経由してhttp://d.hatena.ne.jp/mizukik/20070120/1169295932を読んだ。

唐突だけれど、「とにかく誰かに認めてもらいたい。だから自分を好きな人が好き」という精神状態を第1ステージとします。物心ついたばかりの頃はおそらく誰もがこの状態で、親や友達や尊敬する人等に褒められたり認められたり必要とされる経験によって徐々にその欲求が満たされて、やがて「*誰かが*認めてくれるのなんて当たり前、たとえ今そういう人物が身の周りには実在しなかったとしても自分にはその価値は十分にある」と無意識に確信できるようになると、次の段階の「自分が尊敬できる人を自分で見つけて好きにならないと意味がない」という第2ステージに移行するのだと思います。

はい、こんにちは。未だ第1ステージにすら到達できてないだろう俺です。
ここ最近わかったことなんですが「バカと100回言われりゃ、ホントにバカになる」の法則によって、小学校入学前後のあたりのもっとも受容されまくらなきゃいかん頃に、親戚宅で「おとっちゃま*1」と1000回くらい言われて、ホントにおとっちゃまになってます。すぐ泣く自分、感情を隠せない自分が嫌いで嫌いで仕方ありません。
今のところ少しずつ自己肯定を積み重ねようとはしてるけれど、現状ではいまいち実感が湧いてきていません。まぁ、「いまいち」になっただけマシなのでしょうけれどw

余談ですけど時々見かける、とにかく誰でも良いからわかってよ的な非モテの叫びに対して、そんな中学生じゃあるまいしという言葉を投げるタイプの人は、本当にそんな段階はとっくに(中学生くらいで)通過しているのだろうと思う。

実際、通過しちゃった奴らとの軋轢が、ちょうどこの頃にあったわけです。中学生くらいの頃って、子供特有の「優しさ」と「残酷さ」の針の振れがまだ大きくて、第2ステージに行けてない奴をからかって遊んだり、第1ステージにいてよく言えば行動が天真爛漫、悪く言えば考えなしの奴をいじめたりしちゃうわけで。それこそこんな感じで。まぁ、実際にワテがやられてた形とは違うけれど、構造は同じような気がする。
結果、ワテはずーっと第1ステージにとどまってしまってるのかなーと。

*1:讃岐弁で「恐がり」「臆病者」の意味