一服したくて

ビルの下にある喫煙スペースでタバコを吸っていた。
目の前にあるカフェには、スーツを着たビジネスマンたちが詰め込まれていた。
と言っても、満員電車のごとくぎゅうぎゅう詰めになっているわけではなく、
こちらから見える席が、すべてそうした人たちで埋まっていただけだ。
彼らは黒い服に身を包み、何やら忙しそうに口や手を動かしている。
目の前にあるコーヒーを飲むでもなく、とにかく、何やら、忙しそうに。
そんな光景をぼーっと見ていると、彼らの営みが、ゴキブリ同士が触覚をふれあわせているかのように見えてきた。
彼らは、餌を得るために、必死で触覚をふれあわせ、時には餌を得るために、苦手な日の下にも出なければならない。
生き残り競争の決め手が多様性というのなら、この目の前でうごめいているゴキブリたちは、おおよそ同種のゴキブリだろう。
じゃぁ、俺は何なんだと思った。
彼らより小さなゴキブリか、もっと小さくて、葉っぱにくっつくアブラムシか。
小さな虫だから、きっと蜘蛛に食べられてしまうんだろうなぁ。
ゴキブリの巣に迷い込んだら、きっと餌にされるか、恐ろしくて逃げ出してしまうのかもしれない。
「虫けら以下の」なんて表現があるが、きっと生きていくということは虫も人も同じことなのかもしれない。
生きていくための何かが足りない生物は、ゆっくりと死に絶えていくしかないのだろう。
生きていくのと死にゆくのと、一体どっちが苦しいのだろう。
やってみないとわからないけれど、片方の選択肢は不可逆だ。