コメント返しに代えて

現役の高校体育教師の方より、非常に心強コメントをいただきました。本当にありがとうございました。
私がこの問題に取り組み、脱感作療法的な行動がある程度進む以前、私は見た目にも医学的にも健常者であるにもかかわらず、「歩く」という健常者なら誰でも何も考えずに当たり前にできる動作にすら、ためらい、恐怖を抱き、できることなら避けて通りたいと思っていました。とある時期には、電動車いすの購入を本気で考えたほどです。その原因がすべて劣悪な体育教師にあるとまでは言いませんが、かなりのファクターを握っていると思います。つまり、体育教師の指導の仕方一つで、その人のその後の人生におけるスポーツとの関わり方を大きく左右することもあり得るのです。
戦中〜戦後に続けられた「軍事教練」としての「体育」によって生み出された「体育会系」と「文化会系」の深くて暗い溝は、その間に深い深い怨嗟の連鎖を創り出しているように思います。
たとえば、この2つの系統の教職員の関係を、文化会系の側から妄想してみましょう。
子供の頃に「運動音痴」の烙印を押され、蔑まれ、人権を蹂躙されたHさん。彼は大人になって社会の教師になりました。
そんな彼は、昔の恨みを晴らすが如く、教頭として赴任した学校で、体育教官室を作り、体育教師たちを隔離してしまいます。
隔離された体育教師たちに、ストレスがたまらないわけはありません。しかし、彼らはそれが隔離によるストレスだと気づかないまま、抱えてしまった苛立ちを、ついつい、子供たちにぶつけてしまいました。そして、また運動音痴の烙印を押される子供が出てくるわけです。
どうでしょう、このように考えると運動音痴と劣悪な体育教師には、まるで児童虐待の連鎖やアメリカとイスラム教圏の暴力の連鎖とも似たような関係があると思いませんか?
このようなネガティブな連鎖を断ち切り、またこのような連鎖の中で苦しみのたうち回りうめき声さえも上られない人たちために、この日記の記事がささやかながらでも一助となるならば、私の体験をどんどん教育実習など教育の場で使っていただきたいと思い、文化庁のサイトにある教育利用OKマークの表示を検討しております。(参考:文化庁公式サイト内「自由利用マーク」の説明